ダッチウェスト(Dutchwest)の創業者、ブルース・マッキーニ氏は1970年代、
アメリカ北東部のバーモント州ランドルフでストーブ造りを始めました。
1973年のオイルショックにより、それまで主流だったガスや石油ストーブから
新たに薪ストーブが注目されるようになりました。
マッキーニ氏はそれまで主流だった鉄板製のストーブから鋳物製のストーブに着目し、開発を始めました。
80年代に拠点をマサチューセツ州のプリマスに移し、
その後の命運を左右する革新的な触媒式ストーブを発売しました。
当時すでに環境問題として排煙が取り上げられていたなかで、
排気のきれいな触媒式ストーブは、大変先進的でした。
社名のダッチウエストですが、ダッチはオランダ人のこと、ウエストは西という意味です。
世界貿易の発祥の地はオランダの西であり、オランダ人は帆船貿易で一時は世界を制覇した国です。
ブルース・マッキニーは、キャタリティック・コンバスターを搭載した
ダッチウエスト・ストーブを薪ストーブの革命だと信じていました。
なにしろ、触媒のおかげで熱出力は従来に比較して100%アップ、
煙の排出が90%ダウン、薪の消費が25%ダウンするのです。
マッキニーは貿易によって文明の明かりがオランダから未開の国々へ灯されたように、
この技術が世界のストーブへ広まってほしいという思いをこめて「ダッチウエスト」と名付けたのでした。
1988年、マッキニーは、優れたストーブを開発するという自分の目標がある程度達成されたと思いました。
そして、さらに設備投資をして工場を大きくするかわりに、
同じような高級ストーブのメーカーだったバーモントキャスティングス社に会社を売却したのです。
バーモントキャスティングスと合併した後も、ダッチウエストの伝統的な方針は尊重され、維持され続けました。
やがて、キャタリティック・コンバスターはバーモントキャスティングスの製品にも採用されるようになり、
ダッチウエストの高度な製造技術もベセル工場(バーモント州)で維持されました。
1993年、ダッチウエストのコンベクションシリーズは、
バーモントキャスティングスによりマイナーチェンジを施され、さらに進化しました。
ストーブ業界の再編成はその後も進み、1996年バーモントキャスティングス社は、
北米最大のファイヤープレース・メーカー、「CFMマジェスティック社」と合併しました。
いわば、ファイヤープレース界のプリンスとストーブ界のプリンセスとの結婚です。
この合併にはその他2社が含まれ、いちやく計4社から成る北米大陸最大のハースメーカーが誕生しました。
ちなみに、「ダッチウエスト」、「マジェスティック」、「バーモントキャスティングス」の
3つのブランドの鋳物製薪ストーブは、日本ではそれぞれ異なる3つのメーカーであるように
受け止められていますが、この3つのブランドの薪ストーブはすべてCFMマジェスティック社の管理の下で、
バーモント工場で変わらないクラフトマンシップとテクノロジーを受け継ぎながら製造されています。